【終わりから逆算して生きる】上の子可愛くない症候群に陥った話

出産して一番やりたいことは、息子を抱っこすること。

妊娠中からそう思っていた。

多くの親がそうであるように、私にとって息子は本当に大切で、かけがえのない存在。
もし息子が死んでしまったらその事実は比喩でもなんでもなく、私を殺すと思う。

 

正直、息子のことが大好きすぎて、これから産まれてくる子のことを
可愛いと思えなかったらどうしようかと不安になっていたくらい。
(そんな心配は出産後0コンマ1秒で吹っ飛んだけど)

だから世間でよく言われる「上の子可愛くない症候群」
自分には無縁の感情だと思っていた。

 

 

退院後、初めて息子と会った時、息子は泣かなかった。
でも少しだけ目が潤んでいて、人前で泣くのが嫌いなところは私に似たんだと思った。
10カ月ぶりに抱っこした息子はとても重かった。

 

下の子がNICUから退院したのはその数日後のことで、
それから一か月のあいだに、息子は4回も高熱を出すことになる。

この狭い家で新生児の世話をしながら熱が移らないよう配慮し、
機嫌の悪い息子の看病をするのはかなりしんどくて
もはやあの頃の記憶がない。
もう二度と経験したくないということだけは覚えている。

 

息子の熱が収まったら、今度はアレがやってきた。

かの有名な「赤ちゃん返り」

ミルクをあげていたら間に入り込んで妨害してきたり、
ママがいい!!と泣き叫んだり、
幼稚園行きたくない!!と泣き、
バスにも泣きながら乗り(幼稚園でも泣いてたらしい)

不安定でイライラしている息子。

でもまだこの時は、
「なんかしんどいな、誰にも妨害されずに寝たい……」くらいだった。

 

じわじわやってきた…「息子が可愛くない」

何がきっかけだったのかはよく分からない。
気付いたら息子のことを可愛いと思えなくなっていた。

ある日突然、というより、じわじわとイラつきと違和感を感じ始める。

ちょうどその頃息子の「自分の服を噛む」という行為も始まった。
襟元や袖を噛むので、Tシャツは伸び、袖にはいつもよだれの痕が残っていた。

 

どうしよう。
あんなに可愛かった息子が、
鬱陶しくてたまらない。

 

ショックだった。

こんなこと誰にも言えないし、言ってはいけないと思って
しばらく自分のこの気持ちも誤魔化して。

ふとした時に
「うん、今の息子は可愛いと思えた。大丈夫大丈夫」
と確認しなければならないほどで、

「ママ見て~」と無邪気に言われるだけでしんどくて耳を塞ぎたくなる。
その感情を息子に悟られまいと嘘笑いに必死で、更にしんどい。

……という負のループに陥った。

なんとか笑顔を貼り付けてる状態の私を、息子がどう思っていたのかはわからない。

そんな状態で夏休みに入ったものだから
息子に対する疲労感はMAX。

ちなみにこれまで育児ノイローゼになったことはない。

夫は普段から息子をよく外に連れ出してくれる。
2人で早朝出かけ、夜帰ってくるという日もある。

でもダメだった。
一日離れたからと言って、心に余裕ができるとか、
リフレッシュしてスッキリするとか、もうそんな次元ではないようだった。

 

それまでなるべく自覚しないようにしていたけど、
ある時もう限界すぎて
「上の子可愛くない症候群」について初めてググった。

チェックリストはほぼ当てはまっていた。この記事

 

夜中、仕事中の夫に意を決してLINEする。

次の日夫から改めてこのことについて

「深刻度どれくらい?」と聞かれた。

どうやって深刻度を計ればいいか分からなかったけど、
深刻にしたくない、という夫の気持ちは十分伝わった。

 

今冷静に思い返せば、私は夫にもムカついていた。

何が、なのかは分からない。

夫は夫で自分ができることをとても頑張っているはずだし、
それは私も理解していた。
それなのに、些細な言動がイラついて堪らない。

結局、これは私の場合だけども
「息子が可愛いと思えない」というのは、
この謎のイラつきや焦りをぶつける対象がたまたま息子だった、
というだけのものなのだ。

現に、この時期は息子がどうこうだけではなく
夫のこともうっすら嫌いになっていた。

最もな理由を述べたって、結局壮大な八つ当たりなのだ。
それが「上の子可愛くない」にすり替わってしまった。

(あくまで自分に対する分析で、他の方の「上の子可愛くない症候群」も同じということではないです。)

 

それでも変わらず私に笑顔を向け、抱き着てくれる息子にそんなことを思ってしまうなんて
何より自分自身に失望したし、

どんな言い訳を並べても事実は事実としてあるのだから、

「大丈夫、自分を責めないで」などというネットの定型文もあまりピンとこず、
慰められるのもなんか違うと思ったので、誰にも相談せずにいた。
夫にもそれ以上は何も言わなかった。

 

息子にバレないよう取り繕うために
「息子くんは可愛いなぁ」
と一日に何度も何度も言う自分が気持ち悪い。

もちろん私は出来た人間ではないので、
イライラを隠せず息子にぶつけたこともあったし、
冷たく接してしまった時も何度もあった。

夫はこの状態で私がワンオペ帰省することを心配していたけど、
むしろチャンスだと思った。

 

とにかく息子に全振りした

帰省先の高知では、下の子は両親にバトンタッチすると決め、
とにかく息子と遊ぶことに全振りした。
2週間みっちり。

 

毎日どこかしらに出かけ、
「明日は何する?」と二人で相談し、
息子の希望で滞在中、路線バスには10回以上乗った。

夜の田舎道を散歩したり、花火を見て、海や川で遊び、友達にも会って
思いつく限りのことをした。

その道中、親子喧嘩もたくさんした。
「なんでこんなに何回も言わないと理解できないん?!」
と思ったし、

息子も息子で私に対して

「なんでそんな怒るん?」と思ったことだろう。

 

でも私達は基本的に仲良しで、
「ちょっとくらいいいよね」
「暑いしね」
と言いながらアイスも毎日食べた。

 

あまりにもガチガチのスケジュールだったからか、
大阪にいる夫から電話がかかってきて、

「もう大丈夫なん? かわいくないとか言ってたやつは」

と聞かれるまで、自分がそれで悩んでいたことさえ忘れていた。
なんと便利な脳だろう……。(呆)

「あ、うん。なんか大丈夫そう」

こうして私の上の子可愛くない症候群は、
あえて息子に全振りすることであっさり終わった。

が、大阪でまたいつもの日常に戻ると、
子どもにイライラする場面は腐るほど出てくる。

 

終わりから逆算して生きる

こんな夏休みのような生活がずっと続いたら、
多分息子のことを可愛くないなんて思わないんじゃないだろうか。

そりゃ家事も仕事もせず、毎日毎日子どもと遊べればイライラする事なんてないだろう。

でも現実はそうもいかない。

子育ては大切だけど、それ以外にもやらなければいけないことが私達には山ほどある。

今回下の子を預けることが可能だったのは、両親が元気だったから。
そして、まだ生後2か月という人見知り前の時期だったから。
来年の夏は下の娘も1歳過ぎているし、みんなで楽しめるプランを考える必要がある。

つまり、私と息子の二人で思いっきり遊ぶことができた夏は、これで最後。

 

低年齢すぎると記憶に残らないし、
成長しすぎると、「親と遊ぶとか(笑)」になる。

私は小学校2年生の頃から、親と一緒にいるところを同級生に見られたくないと思っていた。

だから今のこの5歳という年齢は、特別なのだ。
親と一緒に遊ぶし、且つ後の記憶にも残る、特別な期間。
そんなボーナスタイムはきっと、あと数年で終わってしまう。

 

そしてそれは私よりも夫の方がよく心得ているようで、

いつか、睡眠時間を削ってまで、息子ファーストを徹底する夫に対し
「そんなに毎日息子と外で何時間も遊んで、身体壊すで」
と言ったことがある。
それに対して夫は、諭すように返した。

「息子と遊べるんは、今しかないんやで」

この言葉がずっと頭に残っている。

確かに、そう。
その価値を、尊さを、よく分かってらっしゃる。

 

「今日をなんとか終えた」
これをただひたすら繰り返す毎日。

夏休みはさらにしんどい。
日中常に聞こえる息子のマシンガントーク。
「ママ見て~」で幾度となく中断を余儀なくされる家事や仕事。

寝たと思った10分後には起きている0歳児……。

夜布団の中に潜り、スマホで漫画アプリを開いた瞬間が最高に落ち着く。
たかがこんなことで、やっと自分の人生を取り戻せたような感覚になる自分に
若干の情けなさを感じるけど、これがないと、明日も頑張れないのだ。

 

いくら「今しかない」と頭では思っていたって、
私にはこの毎日が、本当に幸せなのかどうか判断ができない。

この毎日の本当の価値に気付くのはきっと十数年後。
これを失った時なのだと思う。

息子も娘も成長し、やがて私から離れたとき
「あぁ、あれは最高に幸せだったな」と思うのだ。

「上の子可愛いと思えない……」とメソメソしながらでもいいから
今はとにかく遊んで、目に焼き付けておこう。

 

この記事を書いた人
さいとう

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